no pat answer, no grapevine

一見正しそうなことや噂になんか流されない。

電気通信分野における競争法・事業法の位置づけをめぐって

1.はじめに

 規制緩和が声高に叫ばれて久しい。しかしながら,規制緩和賛成派一辺倒ではないということは周知のとおりである。安全や環境といった観点から,感情的に規制強化が叫ばれることもある。すべての市場に関して規制緩和可能か否かという問いに対する答えを我々はまだ持ち合わせていない。

 本稿では,かつて市場化は不可能と考えられていた電気通信分野における規制の変遷を追うことで,事業法の位置づけや事前規制の意義について考えてみることとする。

 

2.日本とEUの規制比較

 日本・EUともに,電気通信分野においては「非対称規制(事業者によって規制が異なる)」という手法がとられている。日本では,一定の要件を満たす「設備」を有している事業者には,それを有していない事業者よりも重く規制するという枠組みがとられている(設備開放によるサービス競争の促進)。一方,EUでは,顕著な市場支配力(SMP)の有無がメルクマールとなっている。

 このように両者で規制基準が異なるが,市場による競争が可能な領域であるにも関わらず,事前規制的要素が残っている点では共通している。日本については,電気通信分野への独禁法の適用は可能であるものの(適用除外制度の対象とされていない),競争プロセスに着目せず,設備の有無という観点から規制がなされている。EUについては,競争法による規制に収斂させることを原則としているものの,一時的ではない高い参入障壁の存在等を条件に,競争法の一般的原則に即した市場画定手続ではなく,潜在的に規制を必要とする市場について,有効な競争が不存在の場合に,事業者に対して必要な問題解消措置(remedy)を講ずることができるという事前規制的色彩が残っている。

 

3.事業法の競争法化

 競争法の適用がそれほど活発でなかった時代は,事業法が規制の中心であった。しかしながら,独禁法が規制の中心として位置づけられるようになったいま,事業法は必然的に影をひそめてしまうこととなってしまうのだろうか。

 ここで,EUの電気通信分野規制の歴史を振り返ってみよう。欧州では,公益性,自然独占性から電気通信分野の自由化は不可能との認識が一般的であったが,1987年グリーンペーパーでの部分自由化を経て,1998年に完全自由化された。その際,規制の名宛人を決する基準が問題となった。

 結局,名宛人はSMPを有する事業者となった。SMP基準は,当初,あらかじめ定められた商品・役務市場においてシェア25%を超えているかどうかという極めて硬直的なものであった。その後,2003フレームワークでは,競争法の一般的原則に依拠して市場を画定することが表明され,SMPが競争法的概念と一致するようになった。潜在的に規制を必要とする市場をも対象としてしまっており,競争法への完全移行が果たせていないのは上述のとおりである。

 EUの動きからは,徐々に競争法上の概念と関連付けられている姿をみてとれるが,完全に収斂したわけではない。これは規制をする対象市場・対象事業者を決定する入口の議論である。同時に,どのような問題解消措置を講ずるのかという出口をめぐる検討なしに,事業法と競争法の関係を論じることはできないはずである。

 2003年の電気通信フレームワークでは,SMP事業者による①水平的・垂直的レバレッジ行為,②市場参入障壁の維持および強化行為,③高価格,低品質および生産上の非効率といった独占的弊害行為を問題行為とし,レメディとしては,透明性確保義務,無差別義務,会計分離義務,アクセス義務,アクセスチャージ規制がある。

 このように問題解消措置のカタログは充実しているが,実際にどのレメディを適用するのかはケースバイケースである。アメリカのAT&Tのケースでは構造分離がとられたのに対して,イギリスのBritish Telecommunicationsのケースではよりマイルドな機能分離が採用された。フランスでは「ダクト開放」のみでインフラ競争を促進したとされている。しかしながら,イギリスにおいては事業者の投資インセンティブが低下し,FTTHの整備が遅れているという事実がある。総務省が「設備競争とサービス競争の適正なバランス」論をとっていることからもわかるように,短期・長期いずれの競争促進を重視するのかという悩ましい問題に直面せざるを得ない。

 

4.事業法の位置づけ

 少なくとも市場による競争が可能な領域においては,事業法もある程度競争法の一般的原則に即したものであるべきであろう。競争を減退させる規制は好ましくないからである。かつてのSMP基準のように,およそ競争法の発想を取り入れないというスタンスは,結果として成功したとしても偶然の産物にすぎない。

 対象事業者の決定にあたっては,競争法上の市場画定に依拠するべきであるし,問題解消措置についても,事業者のインセンティブを阻害しないような対応が求められることになる。

 そのうえで事業法が存在意義を発揮するのは,当該分野の特性に応じた規制が(競争法の一般的原則のサブカテゴリとして)必要となるときではないだろうか。電気通信分野の場合,かつての独占者がボトルネック設備を有してきたという経緯を有するがゆえに,潜在的に規制を必要とする市場の判断を可能としているといえる。あるいは,競争法の適用範囲が狭い旧SMP基準は,市場化の初期段階にあたっては必要な措置であったのかもしれない。

 このような+αの規制は,一定のタイミングで見直されるべき類のものであることに注意しなければならない。電気通信分野であれば,旧独占者がボトルネック設備を保有するという環境がもしも解消されたならば,完全に競争法の原理に服する(事業法を廃止する,あるいは事業法を競争法の個別法とする)ことになろう。環境や安全についても同じことがいえるかもしれない。なお,最近話題となっているプライバシー保護問題では,”privacy by design”──プライバシー保護技術を競争要素に取り込むことで,消費者のプライバシー保護に役立てようとする発想──という考え方が広まっている。適切な競争は社会を改善させる可能性があるのだ。+αの規制が,当該分野の競争環境の特殊性か経済的利益以外の保護の必要性のいずれに起因するかの峻別は必ずしも必要ではなく,その時々の市場の競争動向を把握することで,規制の有無を判断するべきなのである。旧SMP規制が現在も有効であれば,EU内の電気通信技術が後塵を拝することになったであろうことは想像に難くない。

 

5.おわりに

 本稿では,電気通信分野の日欧比較を通じて,競争法と事業法の関係について大胆に検討を行ってみた。従来型の事業法が今後も存続し続けることが難しいことは規制緩和の当然の帰結であるが,どのような事業法の姿になっていくのかという点はこれまであまり論じられてこなかったように思う。本稿がその一助になれば幸いである。

 

<参考文献>

○武田・柴田・林・松島・松八重「欧州の電気通信分野におけるSMP規制の分析と評価」(CPRCディスカッションペーパー,CPDP-57-J, http://www.jftc.go.jp/cprc/discussionpapers/h24/index.files/CPDP-57-J.pdf

 電気通信分野の規制について,日本は,電気通信事業法に基づき,「設備」を有する者と有しない者とで規制の内容が異なる(非対称規制)という枠組みであるのに対して,EUでは,「顕著な市場支配力(SMP: Significant Market Power)」の有無が規制根拠となっている。

 もちろん,日本においても電気通信事業者に対して独禁法の適用は可能であるが,EUの規制枠組みは,「将来的には競争法の適用にゆだねることを目的として制度設計」(6頁)されており,「極めて実践的な制度」(同)となっている。

 本ペーパーでは,EUの規制の変遷を中心に(第23章),日本の規制(第1章)および日本の規制に関する厚生分析(第4章)が記述されている。本稿の作成動機となったペーパーで,ブログという形式から引用にあたり個別の頁を参照していないが,大いに参考にした。

○植月献二「EUの情報通信規制改革」(外国の立法246http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/02460003.pdf

 EUの電気通信分野の規制の歴史についてわかりやすく解説したもの。