no pat answer, no grapevine

一見正しそうなことや噂になんか流されない。

【書評】アメリカ自動車産業(中公新書,2014年)

 自動車産業は,日本でもかつて「1割産業」と形容されていたが,アメリカにおいても重要な産業であることを疑う者はいないだろう。製造業は国力の維持に当たっての要である。特に自動車(関連)産業は雇用吸収力が大きく,その安定が経済全体の安定に直結すると言えなくもない。アメリカにおける自動車工場の労働者いかなるシステムのもとで雇用され,今日に至っているのか。

 今回ご紹介する篠原健一著『アメリカ自動車産業─競争力復活をもたらした現場改革─』( https://www.amazon.co.jp/dp/4121022750 )は,リーマンショックによる危機を乗り越えたGMを筆頭に,アメリカ自動車産業の復活が果たして本物であるか,製造現場での変革を中心に考察したものである。従って,シェール革命やこのところ話題となっている電気自動車といった次世代自動車が,いまの自動車産業にもたらすインパクトについて取り上げた書籍ではない。あくまで,そこにいる労働者や製造現場にスポットをあてた分析である。アメリカの工場を実際に訪れて関係者にインタビューするなど地に足のついた調査がなされている。そのうえ,目に浮かぶような記述であり,いずれの主張も大変説得力がある。また,日本との対比が随所でなされており,読者の理解が深まるような配慮もなされている。
 アメリカは能力主義ではなく平等主義・非競争主義であると,本書ではたびたび強調されている。アメリカの工場労働者(ブルーワーカー)は,詳細な”job description”に基づいて働きさえすればよく,賃金は職能給とリンクしている。このシステムが「同一労働・同一賃金の原則」を担保している。年功序列制と「抜擢」による事実上の競争主義を採用している日本のシステムとは大きく異なる。
 また,アメリカの年功序列制(seniority)も日本のそれと様相が異なる。米国では,seniorityがlay-offの順番を決定するために用いられる(勤続年数が短い者から順に解雇されていく)。長年の労使協議のなかで,seniorityは,lay-offの場面のみならず,異動や昇進時の基準としても機能するようになった。seniorityの運用が労使間における主な駆引き材料であったことや,職種数そのものが減少するなかで,seniorityの範囲は次第に拡大していくこととなった。
 こうした職能給やseniorityといったアメリカ特有の労働制度が,しばしば自動車業界に襲来した危機を乗り越えるに際しての壁となってきたと本書は見立てている。ビッグ3は1980年代にリストラを経験し,カイゼンやジャスト・イン・タイムといった日本の方式を取り込むことで生産管理面での効率化を進めてきた。一方,人的な側面では日本のような柔軟な人員配置が難しい状況が続いている。生産のグローバル化が進むなかで,ビッグ3では部品の共通化を推し進めコスト削減には成功したが,細かなニーズに対応する多品種少量生産には日本の生産システムの方が優位にあった。例えば,かつてビッグ3が得意としていた大型車は,車台と車体が別々の構造であったため,平易な生産技術であるにも関わらず高い利潤を得られた。それに対して,小型車はモノコックボディと呼ばれる一体構造であり,所謂「擦り合わせ」の要素が大きく,生産者に高いスキルが求められる。職能給制度のもとでは,小型車の普及に追いつくことが難しかった。
 アメリカ自動車産業の回復は持続的なものとなるだろうか。そのためには,O.ウィリアムソンが唱える,ごまかしなどの「限定された合理性」とそれによって生じる「機会費用」の引下げを達成することが必要である。加えて,職能給を軸に据える雇用慣行や,職務間・労使間・管理と生産現場間でのコミュニケーションの難しさが依然としてアメリカ自動車産業における課題として残っている。
 アメリカでは,必要人工が減る生産面の工夫はjob combinationと呼ばれ,必要人員を維持したまま各人の負担を減らすカイゼンとは異なると理解されている。これに対して,日本では,配置転換などによる雇用保障がなされていることから両者は区別されていないという。世界的な次世代自動車へのシフトは部品点数の減少をもたらし,旧来のサプライヤーシステムが成り立たない可能性もあるなかで,旧来の日本型システムは新しい課題に直面しつつあるのかもしれない。